効エネルギー日記

エネルギーの効率的利用を中心に、自分の考えを述べる。

原発40年超の運転

今日の毎日新聞朝刊に40年を超えて運転を継続する原子力発電が続出する状況を踏まえた二人の学者の論が出されていた。「大事に使う」は時代の要請とするのがS東大教授。広い観点で評価する場を、とするのがI東大名誉教授。
S氏は、原発の高経年化対策は、高度成長期のように物を作るだけでなく、「大事に使う」という時代の要請で、時間とともに個々の部品は必ず劣化するが、保守保全をしっかり行えば、運転期間を長くすることも技術的には十分可能だと主張する。必要な改修が大規模で対策費がかかりすぎる時に初めて「寿命」と判断される時期が来るという考えだ。
一方I氏は、壊れるまで機械を使い続けるということは「物を大切にする」という観点では良いだろうが、原発はそうはいかない。膨大なエネルギーと放射性物質を抱えている。壊れると破滅的な影響を及ぼすと主張している。そして、そもそも想定された運転期間は40年だったはずだから原発は40年で運転をやめるべきで、国や電力事業者は「寿命は決まっていない」とするが、さまざまな点から設計は40年が前提だったことが分かるとする。
I氏の指摘にあるのだが、原子炉圧力容器の中には容器と同じ金属で作った試験片が入れてあり、定期的に取り出して中性子の照射で脆化が起こっていないかをチェックするようになっていて、敦賀原発1号機では予測式の結果より劣化していたが、運転30年の時点で寿命延長を前提とした国の評価委員会は「数値のばらつき」と判断したそうだ。ここには書いてないが、入れてある試験片の数が少なくて、劣化を判断できなくなる原発もあると聞いたことがある。I氏はさらに、原子力圧力容器に付属するノズルなどの機器も劣化するが、付属機器の取り替えも容器をくりぬく必要もあって不可能だとする。
S氏は、適切な管理下に置けば良いとする。新しい原発ではより検査や機器交換がしやすくなっていると述べている。だとすれば、新しくない原発は検査や交換が難しいということになる。これから建設される物について「大事に使う」のは大事だが、古い原発を大事に使うことでもっと大事を引き起こさないか、よく考えないといけないのではなかろうか。