効エネルギー日記

エネルギーの効率的利用を中心に、自分の考えを述べる。

当たり前を見直す

奈良市役所の出張所へ手続きがあってでかけた。申請を終えて書類ができるまで見るともなく受付の壁に取り付けられてディスプレーを眺めていた。書類ができた人の番号が次々に表示される。その画面の下に紙が貼ってあるのに気付いた。そこに、節電のために画面の明るさを減らしています、それによって20%の節電効果があります、とある。別に見えにくいとは感じられない。ひょいと頭に浮かんだのが、性能を最高に示すのがサービスだと考えて、その効果を客観的に測定していなかったのではないか、ということだ。節電モードの画面でも市民に対するサービスには全く不足はないのに、明るさの設定を設置業者がしたものをそのまま受け入れたことで、電気の無駄遣いをしていたのではないだろうか。別に市役所を非難するわけではない。優れたサービスが導入されると最初は素晴らしいと思うが、時間が経つとそれが当たり前になる。サービスを上げるのに必要な限界消費エネルギーが増えている現象がないか見直すべきではないかと思った次第。
宅配便を利用する度に感じることも同じかもしれない。こちらとしては翌日に東京などの遠隔地に届かないといけないというニーズはそれほど高くないのに、宅配事業者としては翌日配達を標準のサービスと設定しているので、ユーザーとしてはそれにあわさざるを得ないし、そのサービスの方が優れていると思ってしまう。お盆の時期に宅配を頼んだとき、受け取りに来たドライバーが、車が渋滞するので翌日には着かない可能性がありますと申し訳なさそうに言ったときにも感じたことだ。宅配される荷物はほとんどトラックで運ばれるから、そのエネルギー効率は高くない。もし鉄道を使う輸送を組み込むというモーダルシフトができれば、トラックの稼働数を落とすこともできるだろうし、渋滞も軽減でき、運転手の疲労も少なくなる。一部を新幹線で運ぶことにすれば、新幹線までの輸送と到着地から配送基地までのトラックは仕方がないとしても、翌日配送サービスを維持しながらも、エネルギー効率と人員効率上げることも可能ではないか。翌日配送の要請が企業には高いのかもしれないが、配送料を変化させればその要請も変化するだろう。エネルギー消費の比較をし、社会が求めるサービスとの関係を見直すことがあっても良いのではないか。システム変更コストは高いかもしれないが。