効エネルギー日記

エネルギーの効率的利用を中心に、自分の考えを述べる。

愛猫の命

これまで18年近く家族の一員として暮らしてきた雌猫が、昨日夕刻天寿を全うした。我々家族が4年のロンドン生活を終えて1989年の夏に帰国して一週間ほどの頃に、まだ中学生だった三男が道ばたに捨てられているのを拾ってきたのだった。最初ネズミを連れて帰ったと思ったほど小さく、まだヘソの緒がついていて、目は勿論開いていなかった。排泄は本来母猫がなめてやらないとできないので、三男だけでなく連れ合いも一緒になってお尻をこすってやるなど大童。ミルクを吸う力はまだ残っていたので、三男は徹夜で何回もミルクを浸した布きれで、時にはスポイトで食事をさせてやっていたのを今でも思い出す。しかし、多分生き延びさせるのは難しいだろうと思っていたのだが、生まれてすぐで毛も生えていない、掌にすっぽり入るくらい小さい赤ん坊猫の消えようとしていた生命は、三男の献身的な動きもあって回復したのだった。モモという名前だったが、この18年間、家族にある意味人生のエネルギーを与えてくれたと思う。ありがとう。
三男は大の猫好きだ。ローマのコロシアムに彼を連れて旅行したときには、普通は逃げ出すコロシアムの野良猫がすぐに寄ってきて頭をこすりつけてくる。彼の方も、我々が気づかないうちに猫を見つけてすぐに手なづけてしまう。まるで人間マタタビみたいなのだ。
彼はいま、大阪でプロのジャズトランペット奏者として活動している。一人の生活がやっとなのでまだ独身だが、彼のアパートにも猫がいる。彼に昇天した猫のことを連絡したら、この週末に猫とのお別れをしにくるという。悲嘆にくれている連れ合いがまた涙を流すことになるだろう。連れ合いが今日、庭先にかなり深い穴を掘って、白い布でくるんでやったモモを眠らせてやった。天気が良くてよかった。何か碑を建ててやらないと、と思っている。
彼がモモが来て半月ほど後にまた拾ってきたやはり雌猫がもう一匹まだ元気でいる。相棒が居なくなったのを気づいているだろうか。