効エネルギー日記

エネルギーの効率的利用を中心に、自分の考えを述べる。

文化と感性の違い

昨日夕方、NHKスペシャル番組で、日本の代表的電機メーカーが凋落から回復できるかについて論じていた。そこで現地の消費者を重視するということが一般論として述べられたときには、それは当然のことだと思っていた。ところが、ソニーのインドにおける液晶テレビの販売について、日本ではおそらくそっぽを向かれる仕様のものがヒットしてシェアーがトップになったというのを知って、現地のニーズを知るということは日本にいては、あるいは日本人では難しいということを実感した。インドでは、赤や青が鮮明に出る画面が好まれるため、そのために特別の調整をした液晶を準備しているということだった。番組の実例として出されたものは演出されたものだろうが、眺めていた画面でも明らかに赤が強調されていた。色の標準は世界的に決まっているのだろうが、網膜の受け取った情報を解釈するのは脳であり、その脳は小さい頃からすり込まれた地方独特の文化を規準にして良し悪しを判断する。納豆の臭いで食欲をそそられる関東人と、一般的に納豆文化ではない関西人とは味の判別が異なるのと似通っている。
昔ロサンゼルスの照明研究所を訪問したときのことを思い出した。前の壁面に黄色から白まで段階的に変わった色を出す電球を並べてあった。説明してくれた人が、日本人は大体において白っぽい蛍光灯のような色を好むが、欧米人は黄色っぽい白熱電球のような色を好むと云ったのだった。そして、効率が高い蛍光灯を欧米で普及させるには、白熱電球的な色を出す蛍光灯、それも電球型のものを開発しなければならなかったと云った。そして、日本では家庭でも、渦巻き型にしろ直線型にしろ、昼光色なり白色の蛍光灯を居間の照明に使っているが、欧米ではそのような蛍光灯は事務所用であって、住宅内で使うことは稀だということだった。また、日本では天井から部屋の真ん中にメインの照明設備を置くが、欧米では部屋の隅にスタンドを置いて、天井に主照明を置くことは少ないとも説明してくれた。日本の照明も隅に置く行灯で得ていた歴史があるのだから、今のような照明様式になったのはいつ頃からだろう。
これも日本人の照明色に対する感覚が欧米と異なっているからだが、同じことが日本とアジアでも言えるのかもしれない。テレビの画面の見え方はアジアでも国によって異なるとすれば、その微妙な差を見つけることができるのは地元の人にしかできないだろう。商品開発の難しさを知った。